廃車寸前のミラを下取りで値段が付いた

廃車寸前のミラを下取りで値段が付いた

40代の主婦です。
最初に自分が運転できる車を持ったのは、大学を出て就職して、初めての年のことでした。
職場に近い住まいを借りていたので、最初は自転車で通勤していたのですが、坂道は乗りにくいと思うようになり、たまたま見つけた中古の原付バイクを購入。
2~3か月くらいは、その中古の原付で、快適に通勤していました。

 

その話を、何かの折に実家の母に話したところ。
「原付で通勤なんて転んだら心配。私の車でいらないのがあるから、それを乗りなさい」と言われました。
その次の日から、母のお下がりの赤い軽自動車、ダイハツミラが、私の相棒となりました。

 

ダイハツミラは、母が中古で購入したものなので、塗装も色がくすみ、窓の開閉もオートでなく手動でぐるぐる回すタイプ、近場乗りとはいえ走行距離10万キロ近く、車検もそろそろ毎年、エアコンもないので夏場は窓を開けて乗っている状態でした。
今にしてみたらよくあのような車に乗っていたなとも思いますが、原付自動車に比べたら、屋根があって座席も背もたれもあって、荷物も乗せられる。
とても優秀な相棒の、軽自動車でした。

 

中古のダイハツミラと仕事をしながら、私は夫との結婚話を進めていました。
夫となる人が、ちょうど車を買い替えようとしている時期で、婚約から1年後、夫は結婚と同居を機に、車を買い替えました。
そして夫婦のうち1台、車が余ります。
遊んでいる車を置く場所も、かける維持費もないので、余った車を1台、手放すことになりました。

 

夫が不要になった車は、偶然にも同じ、別の色の別のモデルの、ダイハツのミラでした。
新車購入したためまだ塗装もピカピカだったこと、ターボ機能付きで坂道もぐんぐん登れたこと、車検年数にもまだ余裕があったこと。
冷房もついていました。これでは赤いダイハツミラに勝ち目はありません。
私は最初にお世話になった車、赤いミラを手放すことになりました。

 

結婚して5日目、赤いミラを手放したのですが、朝の出勤前に、私は寂しくて少し泣いてしまいました。
このミラとお別れをする前に、私も一緒に写れるよう、車と私の記念写真を、夫に撮ってもらいました。
その次に迎えた車も、その次に乗った車も、お別れする時には、いつも車との写真を撮ってもらっています。
手放す時ではなく車をお迎えするときに、車屋さんで撮ってもらうことも、何度かありました。

 

思い出の赤いダイハツミラは、どこでどのように処分の手配したのか記憶がありませんが(おそらく夫が頼んでくれたのだと思います)馴染みの自動車修理店に、処分をお願いしました。
もう見ることはないだろうと思っていたのですが、次の車を修理に出しに出かけたときに、その修理工場に、赤いミラがいました。
あのミラを、代車として残してくれたらしいです。
今はきれいで新しい車で、代車を用意してくれることが多いので、あの古さで残してくれることなどないと経験上思いますが、25年前の田舎ではまだそのようなサービスのゆとりもなく、とりあえず乗れればいい位の状態で、赤いミラを残してくれたようでした。
今思うと、あの赤いミラは、整備工場の人の目から見て、エンジントラブルなど、車として大きな欠陥がなかったからなのかもしれません。

 

赤いミラのあと、乗り終えた車を下取りに出すときには、150万円で買った車を、2~3万くらいの下取りでお願いすることが多くありました。
こちらとしては、不要な車の処分量を支払うくらいのつもりなので、いくらかでも査定にかけていただき、たとえ数万を割ってでも、いくらかの金額をつけていただけるだけで、ありがたいと思っています。